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学校教育を考える<4> [Essey]

 日本は敗戦後、アメリカを始めとする連合国軍に占領され、それまでの学校教育の内容が、また異なるものに変更されました。

 アメリカ(ユダヤ系国際金融権力の手先)の狙いはあくまで、日本を支配し、自分たち用の「拠点」とすることです。

 戦後の学校教育は、GHQの決定により、小学校6年・中学校3年・高等学校3年・大学4年と定められました。

 戦後の『新教育指針』によって、アメリカによる日本人の自虐史観を強く刷り込む流れが作られ、日本人の反米意識の矛先を、巧妙に回避するしくみが構築されました。

 本来であれば、市街地に原爆投下などという、市民も女性も子どもも、何もかも巻き込んだ無差別の大量虐殺行為は、人道上あり得ない残虐行為です。

 それを唯一やったのがアメリカであり、日本を占領しているのもアメリカであるにも関わらず、日本人は自分たちの戦争行為を反省し、アメリカの言いなりになる奴隷と化していきました。

 ほとんどの日本人がすっかり洗脳されてしまい、アメリカのことを「いざとなったら助けてくれる」「サポートしてくれる」友人とさえ、思ってしまっているわけです。

 敗戦前日まで「鬼畜米英」と言っていた人たちが、コカ・コーラを飲み、ジーンズを履き、サーフィンをする、アメリカンカルチャー・ライフスタイルに憧れる人たちに、180度変貌していくわけです。

 これほどまでに見事な「洗脳教育」は、どのようにして進化してきたのでしょうか。

 その原点にあるのは「金貸したちによる支配のための洗脳教育」という背景にまで遡ります。

 その始まりは「キリスト教を利用した洗脳」戦略・作戦でした。

 バチカン(カトリック)を支配し、プロテスタントをも洗脳していった金貸したちが、国全体にキリスト教教育を行うことで、身分の上下を容認する意識に洗脳していくことに成功します。

 貴族、平民、奴隷という身分階層、生まれながらの不平等などを受け入れさせるための洗脳です。

 ヨーロッパの場合、ギリシアの時代から(同じ人間であるのに)奴隷を作り、使い捨てしてきました。

 その発想の原点は、人間を家畜同様に飼い馴らすという発想にあります。

 キリスト教(プロテスタント)では、教職者を「牧師」と呼び、「迷える子羊」(家畜)たちを導くというわけです。

 「羊の群れ」を思いのままに操るには、群れのボス的存在を作り、そのボスに追従させるという思想です。

 当時のギリシア・ローマでは、自分たちのことを「市民」と称し、自分たちの平等を口にしながら、市民だけが平等であって、市民の数倍にもなる(同じ人間なのに)奴隷をこき使っていました。

 しかも、ギリシャの哲学者たちも、その自己矛盾に気づかず、平気でいる精神構造はどうなっているのでしょうか?

 これらの「意識化」の根源にあるのは「自我の塊」ということですね。

 自我とは「他者否定」と「自己正当化」のことであり、強烈な自我の塊であるということは、真の平等意識のかけらもない、ということと同じです。

 言い換えれば、自分たち以外の他人を、同じ人間とは見なさず、口先だけではどうこう言っても、潜在意識の中では家畜視しており、「そもそも同じ人間ではないのだから、支配しても、騙しても、殺しても良い」と思っていると。

 実際、ユダヤ教の聖典である旧約聖書には「奴隷」という言葉が頻繁に登場し、現人神になる人間がいるから、奴隷にされる人間も生まれる、高い身分があるから、低い身分もある、というのが当然の認識として語られています。

 つまり、徳の高い自分たちだけが「自由・平等」で、その他の低い者が虐げられても平気でいられるという、自分たちとは別の基準(自己都合によるダブルスタンダード)をもともと持っているということです。

 日本人や(アフリカを始めとする)その他の地域の人たちから見れば、そんな考え方は、論理性も、整合性もないわけですが、古代からそのような視点・認識が欠落したままなわけです。

 そういう認識だからこそ、「奴隷制」や「原爆投下」などの非人道的な暴挙を、平気で行えるわけです。

 キリスト教を利用した、指導者に従わせるための「調教」として、「羊は羊として生きること」と「支配されること」を受け入れさせる洗脳が実行されてきたわけです。

 家畜が、群れとしてまとまって歯向かってこないように、あるいは社会全体のことに視点が向かわないように「個人主義」を教え、「自由」や「人権」など「微妙な対立構造」を仕組み、仲間や集団同士で「競争相手」として教育し、成功してきたわけです。

 続きは「学校教育を考える<5>」にて。
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学校教育を考える<3> [Essey]

 明治政府は1889年、大日本帝国憲法を発布し、その翌年には「教育勅語」を発布しました。

 「教育勅語」は「日本国民の理想像・模範をまとめた」とされるものですが、1〜11までは、割と普通のことですね。ただし問題なのは、最後の「12」です。

<教育勅語12の徳目>
1.親に孝養をつくそう(孝行)
2.兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
3.夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
4.友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
5.自分の言動をつつしもう(謙遜)
6.広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
7.勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
8.知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
9.人格の向上につとめよう(徳器成就)
10.広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
11.法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
12.国難に際しては国のため力を尽くそう、それが国運を永らえる途(義勇)

 明治政府によって「国家の一大事(戦争)になれば、勇気を奮い立てて身も心も御国(天皇陛下)のために捧げ、天皇のご運勢が栄えるようお助けしなければならない」という「天皇主権」の精神が盛り込まれた点です。

 そして、「明治天皇の名で、国民道徳の根源、国民教育の基本理念を明示した勅語」と位置づけられました。

 これは、国歌「君が代」でも同じで、もともとは『古今和歌集』の短歌の一つで、「恋愛の歌」であったのに、天皇のための歌であるかのようにすり替えられました。

 もともとの本来の意味は、「君」とは「昔の女性が、好きな男性のことを言う言葉」で、「代」とは「時代を超えて」のことで、「千代に八千代に」は、「千年も万年も永遠に、生まれ変わっても」という意味です。

 「さざれ石の巌となりて」は、「固く結束して協力しあい」で、「苔のむすまで」は「固い絆と信頼で結びつこう」という意味です。

 ところが明治政府は、天皇が臨席する儀式用の歌として、この『君が代』を選び、宮中の雅楽の楽人がメロディーをつけ、ドイツ人が吹奏楽用に編曲し、天長節に最初の演奏を行います。

 そして「君」とは天皇のことであり、「天皇の世が永遠に続くように」という天皇崇拝の歌であるかのように喧伝していきました。

 当時(明治政府)の文部省が『君が代』等を収めた「祝日大祭日歌詞竝樂譜」を官報に告示し、小学校の儀式用唱歌としました。

 こうして、ユダヤ系金融権力の思惑どおりに、明治政府によって、教育も「日本国民全員を戦争に駆り立たせる体制」の一環として、整えられていきました。

 明治時代も終わりを迎える頃には、初等教育から高等教育に至るまで基本体系が整備され、明治後期から大正初めにかけて「学級制」が導入されました。

 この「学級制」の導入により、有無を言わさず、同年齢の子どもが集められた狭い学級で、道徳教育・国民教育を浸透(洗脳)させる、画一的な教育を受けさせるシステムが完成しました。

 ただ「同じ年齢」というだけで、進度も理解度も関係なく、全員に同じ「画一的な教育」を押し付けるシステムです。

 海外には当然、個人の能力に応じて、個別指導や飛び級制度などがありますが、兵士育成目的である日本の学校教育には、今だに存在しません。

 日本が太平洋戦争に突入すると、戦時中の学校教育は「お国のために」というスローガンのもと、極端な国家主義教育が展開されていきました。

 それまでの「二宮金次郎の像」を象徴とする「立身出世ために学ぶ」というのは置き去りにされ、あらゆることが「国が最優先」にすり替えられました。

 1941年(昭和16年)には、国民学校令の公布により、小学校が国民学校と改名されました。

 国民学校の目的はもちろん「天皇の名のもとに戦死する兵士」であり、幼少期から兵士を育成するためのカリキュラム(軍事訓練)に変更されました。

 「体育」における集団行動、行進練習、組み体操(マスゲームの一種)なども、その名残です。

 今だに、人間ピラミッドからの落下などで、重篤な事故が(まれに死亡事故も)起きているのは、よく報道されているとおりです。
(兵士なんだから、訓練中に死んだって構わない、ということなのでしょう)

 最近になってようやく、問題視されるようになり、一部では「組み体操を全面禁止」とした学校もあるようですが、自分も小学生の頃、なぜ、こんなことをさせられるのだろうとずっと思っていました。

(その頃は、まったくわかりませんでしたが、真相を知ってさえいれば、断固拒否していました(笑))

 「気を付け、前ならえ、休め」も「起立、礼、着席」も「軍事教練」の名残ですし、坊主頭、学生服(詰め襟)、セーラー服(海軍)も「兵学校」の名残ですね。

 一人のミスを班の「連帯責任」とするのも、軍隊(小隊)の行動訓練の一つですね。

 全員が共通意識のもと、誰も裏切らず、逃げ出さないよう、徹底して同調圧力をかけるのが軍隊の常套手段です。

 太平洋戦争の長期化に伴って、「国民総動員」が叫ばれ、学徒出陣や勤労動員など、学生も兵士として、婦女子は軍事工場での強制労働を強いられました。

 さらには、人的資源だけでなく、国内のほとんどの物資も、戦争のために接収されました。

 極端な物資不足に対しては、「欲しがりません、勝つまでは」というスローガンのもと、全国民が(現在の北朝鮮以上に)困窮状態に突入していきました。

 このように日本の義務教育が、全員を徴兵するための「国民皆兵制度」になっているということですね。

 つまりは、日本の義務教育において、生徒に「考えてもらっては困る」ということであり、ひたすら従順に、暗記だけしていればいい、という授業カリキュラムのままだということですね。

 終戦から、もう70年にもなるのに、このような状態が今だに継続しているという状態なわけです。

 続きは「学校教育を考える<4>」にて。
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